真の統合とは?
男性性
成功
決断
拡張(拡大)
論理的思考
リーダーシップ(リーダー)
パワー
責任
まっすぐ(一貫性)
自立(独立)
ビジョン
強靭
女性性
共感(協力)
安定
受容
美しさ
優しさ
包容力
自然
バランス
しなやかさ
調和
変化
これらは女「性」
とか
男「性」
とかいう「性」を表しているだけではない。
むしろそれを表しているのではく
エネルギーの質を表している言葉だと捉えるようがいい。
男性だけれども
女性性があり
女性でも
男性性というエネルギーを持っている。
ただ間違えやすいというか
勘違いしやすいのが
「性」ジェンダーにこだわりすぎて
エネルギーとして女性性や男性性を捉えられなくなって
あるパターンを作るということ。
例えば
私は女性でありながら
とてもまっすぐで猪突猛進的なところがあります。
これは男性性(男性的エネルギー)です。
で、そのエネルギーが強く働きすぎたため
女性である体を思い呼び覚まさせるために
婦人科系の疾患によくかかったのです。
エネルギーの使い方を
誤っていた(バランスを欠いていた)ということです。
ですが、
日本の仕事は
どうしても男性が仕組みを作っている場合がほとんどで
仕事をする女性が
男性社会の仕組みの中で過ごすことで
女性性(女性的エネルギー)を出せなかったり
抑圧してしまうということを
体で知ることができたのが
私の経験でした。
ただ、これは男性にも言えるのです。
前記したように
男性の中にも女性的エネルギーがあるわけで
今の男性が作った社会の仕組みの中で
男性の本来持っている女性性(女性的エネルギー)は抑圧されるのです。
男性の中にも
共感(協力)したい心
安定したい思い
美しさを知る感覚
優しくしたい思い
包容力
自然を感じたい衝動
しなやかさを持っていたり
変化を好む生き方
だってあるのです。
その男性の中の女性性を押さえつけられ
独立をしろ!
1人で立て!
怖がるな!
女々しくなるな!
ダラダラするな!
綺麗なこと言ってんじゃない!
フラフラするな!
やりきれ!
と『社会が』をそうさせるような環境にしていたから
男性の中の
美しさを尊ぶ心や
優しさを優先する想い
休みたい心身
止まりたいエネルギーなど
否定され
抑圧されてしまった社会。
だから女性性を取り戻す時が来た!
ということになり
女性性を尊び始めた昨今。
ただここで勘違いしやすいのだと思っている。
ある方が
女性がいないと男性は存在しないのだから(産めない)のだから
女性は女神であり
女性を大切にする必要がある。
という一節に
強く疑問を抱いた。
私は女性は女神だと思っている。
だが
男性も神なのだ。
というか
人間そのものが神であり(絶対的なエネルギーの一部)
男性が上、女性が下など
本来宇宙のシステムの中に組み込まれていないはずだと。
女性が子供を産むから
女性の方が偉いんだ
の思いが強まると怖い。
女性でも子供を産めない(産まない)選択肢を
無意識のうちに罪悪感の中に落とし込んでしまい
女性が女性を蔑視するということになりかねない。
そして、
男性の中の女性性を否定した今までの社会と同じように
女性の中の男性性を否定してしまうことにもなりかねないと思っている。
男性という存在がいるからこそ
女性は子供を産むことができる。
男性という存在がいるからこそ
女性は女神たらしめる。
女性性を抑圧して来た社会だからこそ
『良き男性性』を認め
引き出していくことが
真の統合ではないのか?
男性性を否定し
女性性だけを肯定するのは違うと思っている。
女性性(女性的エネルギー)の中にも
悪く出ることがあるではないか?
共感(協力)というエネルギーが依存を生み出しかねない。
安定というエネルギーが不安を生み出しかねない。
受容というエネルギーが自立ができなくなりやすくなり
美しさを優先しすぎて、醜い部分を拒否して排除する。
優しさ・包容力が勝ちすぎて、相手のエゴを増長することもあり
自然に任せすぎて、思考をやめてしまう。
バランスを重視しすぎて、自分をなくしてしまい
しなやかになりコロコロ変化しすぎて、社会的信頼を失いかねない。
これが女性性のいきすぎる社会だ。
どちらもバランス。
男性性が勝ちすぎた社会だから
女性がそこに不満を持つのは仕方がない。
女性性の強い男性が生きにくいのも仕方がない。
だけど私の思うのは
ありのままでいいという社会にさえなれば
そのまま一人一人の中にある
女性性と男性性のバランスが取れる。
ただそれだけなのであり
どちらを優先させるとか
どちらを排除する
などという
二項対立の考え方から変わらない限り
真の統合は起きないと思っている。
だから私は
男性の中の女性性を引き出し
女性性の中の男性性のバランスとることを伝えて行きたい。
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